10年の歳月挑んだ労作

◉佐高信氏評、『信濃毎日新聞』1993年5月9 日付より抜粋

 この大河ドキュメントは、事実をもって語らしめながら、その関係の根幹を衝く大労作である。無謀ともいえるこの全八巻の「昭和史」に独力で挑戦した著者に惜しみない拍手を送りたい。
 第1巻を「侵略」と題して始めた著者が、第8巻の「象徴」を、東京裁判における天皇不起訴で終えたのは、ここが「戦後天皇史の最初の切れ目」であり、このあと、舞台は第2幕に移り、「そこで役者も替わり、装置も照明も新しくしなければならない。天皇さえも新しい仮面を被って出てこなければならない」からである。
 「天皇裕仁の政治的なディテールにこだわる方法論」によって書かれたこのドキュメントで一貫しているのは、昭和天皇の戦争責任の追及である。
 著者は第3巻の「崩壊」で、敗色濃くなった昭和19年8月5日に、天皇が参謀総長の杉山元に、「米軍をピシャリと叩くことは出来ないのか」と言ったのを引く。昭和天皇を平和主義者と呼ぶ人間が少なくないが、こうした発言はそのイメージをくつがえすものだろう。
 第5巻の「敗戦(下)」では、いわゆる終戦の「聖断」についても、事実を示して疑問を投げかけている。この大著は読みごたえをもって読者に天皇制への再考を迫るものである。