生態学的債務

¥ 3,600 (税別)

書籍内容

アンドリュー・シムズ[著] 戸田清[訳]
四六判上製/464頁/3600円+税
ISBN978-4-8461-1601-9 C0036

もしあなたが先進国の市民として、有限な自然資源の公平な分け前以上のものを取っているのなら、あなたは生態学的債務を負っていることになる。もしあなたのライフスタイルが生態系にその更新能力を超える負担を及ぼすのなら、あなたは生態学的債務を負っていることになる。
地球温暖化は生態学的債務の顕著な事例である。先進国は、化石燃料という有限な遺産の不釣り合いな量(公平な分け前を超える量)を燃やすことによって豊かになったのであるが、そうした行為が気候変動を招いた。バングラデシュ、南太平洋の島嶼国、サハラ以南アフリカ諸国のような第三世界の貧しい国々は、結果として過剰な被害を受けることになり、しかもそれらの国々は先進国に債務の救済を求めている。先進国の方こそが生態学的債務を負っているのに……。この現実をどう変えればいいのか?
(2016.2)

■内容構成
謝辞
第二版への序文
戻ってくること……/鐘が鳴る……拡張と分散

第一章 金星への短い旅
すわり心地が悪い?/世界銀行ワシントン特別区の未処理書類ケース
さかさまになった世界/債務の意味
第二章 化学者の警告──地球温暖化についての議論の略史
われわれは、どれだけ上流までこいできたか?
なぜ効率性の改善と「技術的解決策」だけでは、うまくいかないのか?
第三章 天国の破裂──ツバルと諸国民の運命
小国の特別な脆弱性/気象報告
「神はノアに約束した。もうこれ以上洪水は来ないと」
近代的な生活様式はばかげている/「土地を持っていなければ、一人前でない」
第四章 人類の進歩の大逆転
債務はともかく債務?/あとは良くなるだけ?/ミレニアム開発目標
第五章 生態学的債務
生態学的債務 このアイデアはどこから来たか/ただでもらえる時代の終わり
第六章 炭素債務
黒い物質についてもそうであった/誰が誰に債務を負っているのか
ふたつの債務の物語:対外金融債務と炭素債務──HIPCイニシアティ
ブと京都議定書
第七章 自己破壊の合理化:なぜ人間はカエルよりも愚かなのか
タナトス、死の願望と個人的変身/開発の悲劇/行為における否認
内側からの攻撃 自己満足の作法
第八章 世界の終わりの駐車場
意味をつくる──もっとたくさん車をつくる/約束、約束
第九章 返済期間:法律、気候変動、生態学的債務
「すまない」ではすまないとき/炭素排出が法廷に持ち出される
第十章 懐疑派のためのデータ:戦争経済の教訓
証拠をあげて主張する
第十一章 新しい構造調整
太陽系の所有者を自称する男
大気は人類全員によって平等に所有されるべきだと考える男
「縮小と収斂」とは何か
第十二章 ミネルヴァのふくろう
われわれは地球を保護すると同時に食べることはできない
孫たちのための経済的可能性
第十三章 スタンレーの足跡のなかで
法律の短い腕/アイデア[キーワード]としての「生態学的債務」の台頭
第十四章 気候変動時計の刻み
百カ月、そしてカウントする………/不可能性の原理
経済的臆病者の最後の防衛手段
銀行を破産させる:金融的債務と生態学的債務/「環境面の戦争経済」
カサンドラのコンプレックス
第十五章 アヒルの選択
債務から逃れ出る:地球という島の上でいかに繁栄するか
現実を直視する/それから、大きなオフセット神話を捨てる
技術という魔法の弾丸の宣伝に注意せよ
良い生活は地球に負担をかけないことを思いだそう
正しい道路標識を用いる
思い出せ、われわれは前にやったことがある。戦時動員の長所短所の教訓を学べ
燃料節約と石油の配給制度/効果的な地球規模の気候協定についての合意
そして石油(化石燃料)枯渇についての議定書(プロトコル)
第十六章 島でいかに生きるか
小さな島から学ぶ/炭素制約のある世界で貧困削減への新しい方途を開く
豊かな諸国(および先進国内の貧困層)の移行の加速/コア経済を尊重し、構築する
グリーン・ニューディールを実施する/新しい食文化をつくる
食料主権/地球と同じ(あるいは少し小さい)靴の大きさの経済を育てる
結論
原注
参考文献・映像
訳者あとがき

納品について

版種類

印刷製本版, 電子書籍版

書評

問題は炭酸ガスでなく人である

(…) 著者の前提は明瞭である。化石燃料の使用によって、炭酸ガス濃度が増大している。その結果、温暖化が進行する。平均気温で三度も上昇しないうちに、大破局が来るはずである。それがいつであるかは問題だが、そう遠い将来ではない。/それなら炭酸ガス濃度を減らさなくてはならない、だれがそれを出しているのか、そもそもなぜ炭酸ガスの濃度が上昇したのか。いわゆる先進国のせいである。実質経済の成長とは、つまりエネルギー消費の成長である。日本のように急速に経済成長をした国は、それだけのエネルギーつまり化石燃料を消費したから、それだけの炭酸ガスを出したことになる。その結果、地球環境に破綻が生じるとしたら、だれが責任を負うのか。 (…)こうした思考を素直に追っていけば、解答はおのずと明らかである。GDPなんか、クソくらえ。燃料は配給制度にしたらどうか。炭酸ガスを減らすためには、使える化石燃料の量は限定される。それに従って社会を運営するしかない。配給について、著者は戦時下のイギリスの例を挙げる。食糧配給制の下で、イギリス人はより健康になった。ただし念のためだが、ナチス・ドイツでも国民の健康は増進した。国家的に禁煙運動を始めたのはヒトラーである。 (…)著者はイギリス人で、たぶん個人的に話をすれば、喧嘩にはならないであろう。論理はその通りだと思うからである。ではなぜ世界はそう動かないのか。大勢の「まともな」市民がいわば経済成長を目指して働いている。その家族は車を使わないことについて、どう思うだろうか。トヨタや日産の従業員はどうすればいいのだろうか。日航はどうか。 1つだけ、はっきりしていると私は思う。問題は炭酸ガスではない。人なのである。

【養老孟司】 ◉『毎日新聞』2016年3月13日号より。