アイヌの遺骨はコタンの土へ―北大に対する遺骨返還請求と先住権

¥ 2,400 (税別)

商品コード: 1604-0 カテゴリー: , , ,

書籍内容

北大開示文書研究会[編著]
四六判並製/304頁/2400円+税
ISBN978-4-8461-1604-0 C0036

19世紀後半から1970年代まで、北海道大学を中心に全国の大学の教授らが、北海道やサハリン、千島列島など各地のアイヌ・コタンの墓地を曝いて、大量の人骨と副葬品を研究室に持ち去った。明治政府が新しく支配したばかりの事実上の「植民地」の先住民は、死者であれ生者であれ、単なる研究対象でしかなかった。  しかし奪われた側のアイヌは、むろんそうではない。頭蓋骨計測研究のブームが去り、残されたアイヌ人骨や副葬品は学内の奥深く仕舞い込まれ、あるいは散逸し、忘れ去られた。しかしそうされた側は、忘れたくても忘れられない。たとえ百数十年が経とうとも……。  本書は、今も大量の遺骨を保管する北大を相手に返還訴訟を起こしたアイヌたちの闘いを通して、先住権を無視したまま日本政府が進める「名ばかりのアイヌ政策」を告発する。
(2016.04)

■内容構成
序 章 大量のアイヌ遺骨がなぜ全国の大学にあるのか 殿平善彦

フォト・リポート アイヌ墓地「発掘」の現場を訪ねる
浦河町杵臼共同墓地/紋別市旧元紋別墓地跡/浦幌町愛牛地区
八雲町有八雲墓地/平取町旧上貫気別墓地跡
江別市営墓地「樺太移住旧土人先祖之墓」碑
アイヌプリの葬送
年表 アイヌ墓地「発掘」問題をめぐる動き
民族というコトバの使い方(榎森進)

第1部 コタンの墓地を暴いた者たちへ
第1章 私が北海道大学に文書開示請求した理由(小川隆吉)
第2章 肉親の眠る墓を掘られた母の遺言(城野口ユリ)
第3章 先住民の権利をこそ、回復してもらわねば(畠山敏)
第4章 遺骨を地元に返して欲しい(差間正樹)
第5章墓地を掘られた悔しさを晴らす(山崎良雄)
第6章 シオイナ ネワ ハヲツルン オルスペ(解説・葛野次雄)
先住民族としての主権を求めて

第2部 発掘遺骨「白老再集約」の人権侵害を告発する
第7章 アイヌ民族の遺骨を欲しがる研究者(植木哲也)
研究者たちの遺骨収集/国家的発掘/遺骨再集約を閣議決定/遺骨
返還ガイドラインへの疑問/「アイヌ民族のための研究」?/先住性とは
「先住民族=最初の民族」ではない
第8章 これでいいのか? 政府主導の新アイヌ民族政策(榎森進)
はじめに/世界の先住民族を巡る新たな動向
北海道ウタリ協会の「アイヌ民族に関する法律(案)」
「アイヌ新法(仮称)」制定運動の高まり
「アイヌ文化振興法」制定に至るまで/「アイヌ文化振興法」とその問題点
アイヌ民族の先住権を認めたくない政府
「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」の設置とその『報告書』の問題点
アイヌ政策推進会議と新アイヌ民族政策/むすびにかえて
第9章 アイヌ人骨返還を巡るアイヌ先住権について(市川守弘)
はじめに/訴訟における被告・北大の主張/アメリカにおける先住権
近世のアイヌ先住権/アイヌ内部での体制/主権主体としてのコタン
遺骨・墓地管理は先住権/政府の論理の破綻/「コタンはない」は本当か
「日本型先住権」などありえない
第10章 過ちに真摯に向きあえない北海道大学(市川利美・平田剛士)
はじめに/海馬沢博氏の闘い/小川隆吉氏の闘い
存在した「発掘人骨台帳原本」/墓地発掘の全容は解明されたか
「墓暴きの正当性」を追認

第3部 北海道大学はアイヌ遺骨を返還せよ
第11章 城野口ユリさんの意見陳述 (二〇一二年一一月三〇日)
第12章 小川隆吉さんの意見陳述 (二〇一三年四月一九日)
第13章 畠山敏さんの意見陳述 (二〇一四年四月四日)
第14章 差間正樹さんの意見陳述 (二〇一四年八月一日)

第4部 先住民族の遺骨返還の潮流
第15章 われらが遺骨を取り戻すまで─アラスカの返還運動(ボブ・サム)
第16章 ワイラウバー(ニュージーランド)へのマオリ遺骨返還(ナロマ・ライリー)
イランカラプテ。こんにちは
第17章 英国の遺骨返還状況(植木哲也)
ガイダンス策定まで/ガイダンスの概要/大切なのは話し合い
第18章 アメリカにおける遺骨返還を巡る問題(市川守弘)
被害を受けたインディアン墓所/「先住民墓地の保護と返還」法
「ケネウィック・マン」事件/未来開く裁判闘争
終章 北大開示文書研究会のとりくみ(三浦忠雄)
不誠実な北大/アイヌの遺骨はアイヌのもとに/共に未来を開くために
北大開示文書研究会とは?

補足資料
1 北海道大学開示文書から
2 アイヌ遺骨の返還・集約に係る基本的な考え方について
3 個人が特定されたアイヌ遺骨等の返還手続に関するガイドライン
4 国際連合 先住民族の権利に関する国際連合宣言(抜粋)
5人権救済申立書

あとがきにかえて(清水裕二)

納品について

版種類

印刷製本版, 電子書籍版

書評

帝国時代の学問の後進性を暴く

帝国主義時代の学問的研究が人権意識の定着した現代社会から厳しく糾弾されている。それに対応しえない研究空間の後進性を暴くのが、本書のモチーフだ。
帝国大学医科大学(現・東大医学部)教授の小金井良精が1880年代に2回、北海道を訪れて各地のアイヌ墓地から160前後の頭骨と多くの副葬品を持ち帰った。1924年に京都帝大教授の清野謙次が樺太アイヌの頭骨を収奪している。さらに北海道帝大教授の児玉作左衛門らが、道内各地、樺太、北千島から大量のアイヌ遺骨を発掘、研究に用いていた。この発掘は戦後になっても続く。
北大側の調査によっても、八雲町の241体、新ひだか町の196体を筆頭に、52市町で1014体の遺骨が発掘されたというのだ.北海道開拓時には発掘は違法ではなかったが、その後違法になっても教授たちは詭弁を弄してその責任を免れつづけてきた。
これに対して 80 年代に入って北海道ウタリ協会(当時)からの返還要請が始まる。遺骨の一部が戻されたにせよ、文科省の調査では未だ全国 12 大学のアイヌ遺骨 1636 体が戻されていない。本書の執筆グループはこの返還と、資料や文書の公開を求めているわけだが、「北海道帝国大学」の壁は厚く、政治もまた先住民族への理解も十分とはいえない。その辺りが細部にわたって描写されている。
幕藩体制のもとアイヌは「化外の民とされ」独自に集落をつくり、漁猟や冠婚葬祭などを行っていた。明治以後の同化政策でもコタンは独自に民事、刑事の訴訟を行っていた。遺骨や墓地の管理権はコタンにあり、埋葬はコタンで行われていて、個人が特定化できないケースもある。
先住民族の伝統を考慮しない法体系や、遺骨を動物実験室に置く非人間性、「アイヌの遺骨はアイヌに返せ」とのあたり前の論に立ちふさがる論理の破綻ぶりに驚かされる。

保坂正康(ノンフィクション作家)
◉『朝日新聞』2016年6月 26日付読書欄