子供の自立性を最大限重視

◉久保文明氏評『朝日新聞』2008年8月31日

 アメリカでは現在200万から250万人がホームスクール(在宅教育)で初等中等教育を受けている。驚異的な数字である。80年ごろにはほとんどの州で認められていなかったが、長年の運動の結果、現在はすべての州で合法化されている。これも驚きである。本書は、このようにアメリカですでに定着したホームスクーリングにおいて、「教師」を実践している多数の親に向けてそのあるべき姿を説き、一般の親にもその気になれば誰でもよい教師になれることを訴えている。
 ホームスクーリングの実践者の多くは実は宗教保守派であり、公立学校の世俗的性格に不満を持つ親たちである。本書はそうした背景には触れていないが、社会的認知を受けるのがいかに困難であったかについては力説している。大学入試の成績が通常の教育を受けた子供と同じ程度であることを自ら証明することができて初めて、受け入れられたというのが実情である。
 日本ではホームスクールに関して、不登校生徒との関係で若干の関心があるのみであり、実践者はほとんどいない。しかし、親として子供の教育にどのようにかかわるべきかという観点から、多くのことを本書から学ぶことができる。とくに子供の自立性を最大限重視し、親(同時に教師)に対して「先生」であるよりも「ファシリテーター」(進むべき道を開けてあげる人)であるように説く議論は傾聴に値する。
 同時に本書は痛烈な公立学校教育批判でもある。著者によれば、「現代のホームスクーリング運動は、教育を家庭や地域に戻そうとするもの」である。そして「教育というものが、比較的シンプルで、お金のかからない、家族中心の、楽しいプロセスだということ」に気がついて欲しいというのが著者の願いである。
 市民の力で政府の責任と考えられていることを実行してしまうアメリカの政治文化の強靱(きょうじん)さ、教育における政府の役割と同時に、教育そのものの性格について根源に立ち返って考えるためにも、きわめて興味深い書である。訳書が出たことを喜びたい。