安心が蔑ろにされる実態

◉『中日・東京新聞』2017年 7 月30日付

 中島みゆきの「ホームにて」は、ふるさとを思う切なさを歌った名曲です。汽車に乗れば間違いなく帰れるのだという鉄道に対する信頼が、この歌の叙情を支えています。「線路はつづくよどこまでも」や「汽車ぽっぽ」といった童謡の軽快な楽しさも、鉄道がもたらす安心感があってこそのものです。
 しかし、日本の鉄道、ことにJRでは、安心や安全が蔑ろにされているのではないか。ホームドアは設置されていても、駅員がホームにいることは滅多にありません。無人駅が増えて、夜遅くに鉄道を利用する女性たちから不安の声があがっています。架線や車両の故障による列車の遅延や運休もあとを絶ちません。高級リゾート列車やリニア新幹線を走らせるよりも、ラッシュ時の混雑緩和のために資金を投じるべきではないかなど、JRを日々利用している全国の人たちは様々な不満を抱えているはずです。
 1987 年4月、国鉄を分割民営化してスタートしたJRは、「あなたの鉄道になります」と宣言しました。ところが、経費削減を金科玉条としたために、鉄道会社としての本業を疎かにするようになった実態を、確かなデータに基づいて立証したのが本書です。
 JRの今日の惨状は、当初から予見されていました。当時大学生だった評者は、国労の組合員を招いての学習会で、JRになったら在来線は寸断されて地方交通は壊滅すると言われたのを鮮明に覚えています。
 国鉄が赤字を垂れ流しているとの批判も全く根拠のないものだったし、自動車による代替のほうが費用が格段にかさむことは、本書のなかで丁寧に証明されています。
 鉄道には百年を超える豊かな歴史があります。「駅ナカ」のショッピングモールが繁盛しているのも、人々が駅に親しみを感じているからでしょう。
 本書は、JRの30年を検証し、公共交通機関のあり方を考えるために必読の一冊です。


【佐川光晴・小説家】