書籍内容
竹原あき子[著]
四六判上製/160頁/2000円+税
ISBN978-4-8461-2514-1 C0036
第二次世界大戦から80年、広島長崎の悲劇を忘れてはならない。だが戦地で死亡し、遺骨さえ戻らない、兵士の悲劇もまた忘れてはならない。
我が父、竹原末次郎はフィリピン、ルソン島、イフガオの部落で亡くなった。頭は斬られて軒下につるされた。体につけていたモノはすべてイフガオ住民の手にわたり、無数の頭のない日本兵の遺体は路傍にうち捨てられ、彼らが敗走した道は白骨街道と呼ばれた。この姿を知りながら、80年立っても日本政府はいまだに遺骨収拾さえ完了していない。その無念をこの書に書き記してみた。(2025年12月)
■内容構成
はじめに
1 無責任な戦死公報
夕刻の訪問者
2 空の木箱に白い紙
母と一緒の弔い/八〇年後の遺骨収拾は/六畳一間の戦友/「旧陸軍戦没者関係資料」/七九冊の戦死報告書/末期の戦闘状況
3 イフガオの村で。首をつるす
蛍の協奏曲/見事な棚田の首
4 遅れて戻った帰還兵と食料
評判が良かった帰還軍医/恨みの「あんみつ」
5 ルソン島での闘い
丸山市松さんの記憶から/丸山隊の最後
6 父の生い立ち
父の名前は一二番目の息子/父の兄、長男は高校の教諭/父の母/二男/父の兄/一三番目の妹/父の婿入り道具/あき子という命名/伯母、母の妹/父、第二三師団の行軍:白骨街道/望郷の切手「マヨン富士」/最悪の戦死:餓死/軒下の首/一年で四〇万の兵士が餓死/北九州市平和のまちミュージアムの記録によれば、門司港は:
7 何の為の産めよ増やせよ
日本の多産表彰/ヨーロッパの多産表彰
8 斬首とギロチン
斬首とギロチンの違い/ヨカナーンの生首:サロメの手に1
9 稲作に血
種籾に必要な鉄分/風土記が語る稲作と鹿の血
10 殷代の青銅器、貝殻の貯金箱
甲骨文字の記録/「殺人祭銅鼓貯貝器」の彫像。/日本の稲作文化と首
11 従軍看護婦が体験した戦争
わからない従軍看護婦の犠牲者の数/第二次世界大戦末期の従軍看護婦/従軍看護婦の証言記録から/戦地にささげた青春/看護婦達も安楽死/戦死者を捨て置く日本政府
12 ルソン島 飢えと病気で敗走
フィリピン・ルソン島 補給なき永久抗戦/飢えと病気で敗走
参考図書、資料
あとがき
著者紹介
[著者略歴]
竹原あき子(たけはら あきこ)
1940年静岡県浜松市笠井町生まれ。工業デザイナー。1964年千葉大学工学部工業意匠学科卒業。1964年キャノンカメラ株式会社デザイン課勤務。1968年フランス政府給費留学生として渡仏。1968年フランス、École nationale supérieure des Arts Décoratifs。1969年パリ、Thecnes デザイン事務所勤務。1970年フランス、パリInstitut d’Environnement。1972年フランス、École Pratique des Hautes Études。1973年武蔵野美術大学基礎デザイン学科でデザイン論を担当。1975年から2010年度まで和光大学・芸術学科でプロダクトデザイン、デザイン史、現代デザインの潮流、エコデザイン、衣裳論を担当。現在:和光大学名誉教授、元:長岡造形大学、愛知芸術大学、非常勤講師。
著作;『立ち止まってデザイン』(鹿島出版会、1986年)、『ハイテク時代のデザイン』(鹿島出版会、1989年)、『環境先進企業』(日本経済新聞社、1991年)、『魅せられてプラスチック』(光人社、1994年)、『ソニア・ドローネ』(彩樹社、1995年)、『パリの職人』(光人社、2001年)、『眼を磨け』(平凡社、監修2002年)、『縞のミステリー』(光人社、2011年)、『そうだ旅にでよう』(2011年)、『原発大国とモナリザ』(緑風出版、2013年)、『街かどで見つけた、デザイン・シンキング』(日経BP社、2015年)、『パリ、サンルイ島─石の夢』(合同出版、2015年)、『パリ:エコと減災の街』(緑風出版、2016年)、『袖が語れば』(緑風出版、2019年)、『竹下通り物語』(2020年)『パリから見た被災の世紀』(緑風出版、2024年)、『谷崎『陰翳礼讃』のデザイン』(緑風出版、2024年)
翻訳:『シミュラークルとシミュレーション』(ジャン・ボードリヤール著、法政大学出版局、1984年)、『宿命の戦略』(ジャン・ボードリヤール著、法政大学出版局、1990年)、『louisiana manifesto』(ジャン・ヌーヴェル著、JeanNouvel、Louisiana Museum of Modern Art、2008年)共著:『現代デザイン事典』(環境、エコマテリアル担当、平凡社、1993年〜2010年)、『日本デザイン史』(美術出版社、2004年)
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